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97回「燃える紅葉最前線──只見旅日記」

第197回「燃える紅葉最前線──只見旅日記」

2014.12.01

 歳をとると、桜、新緑、紅葉など四季の変化に思いを馳せることが多くなってくる。失われつつある原風景のなか、息を潜めて一人ぼっちで見たい。そんな欲求がふつふつと湧いて来るのを、押さえようがなくなる。一面、紅葉の雑木林の中を歩くと、落ち葉を踏みしめる快感が足下から伝わり、風と共にススキが揺れ、付近は幻想的になる。
 秋から冬に向かう季節は、わびしく移り変わってゆく。今夜も木の葉が落ちる音を聞きながら熟睡できた。
 さて今年の秋は、どこに紅葉を見に行こうか。そうやって旅先を考えることが、毎年のように私の心を躍らせる。しかし、確か昨年はLoft PlusOne Westの大阪進出準備があって、全く紅葉狩りをすることが出来なかった。
 10月の末日、福島と新潟の県境、10戸ばかりの集落の古民家に住む友人から、メールが届いた。3年前、ピースボートで世界一周した仲間の一人だ。「只見の自分の家に集って宴会をやるので、紅葉見物がてら来ないか?」とのお誘いだった。
 
 鉄道ファンの間で「これほど美しい鉄道の景色はない」といわれている、会津地方を走る只見線。2003年には「紅葉の美しい鉄道路線ベストテン」の1位に選ばれている。
 そういえば今朝もテレビのワイドショーで、只見線の紅葉の見どころを紹介していた。
 そのことも、私の背中を押してくれ、老骨鞭打って只見地方に出かけてみる気になったのだった。
 

<10月23日 茅葺きの宿場で名作を思う>

 軽量なバックパックを背負って、朝8時、自宅を出発した。帰る日は決めていない。
 最近の一人旅は実に便利だ。なんの計画もなく出発しても、スマートフォンを使えば宿の予約もできるし、列車の乗り換え時刻も瞬時に教えてくれる。
 新宿から大宮まで出て、東武日光線で終点の鬼怒川温泉まで。さらに野岩鉄道に乗り換えて会津田島へ。
 しかし、あまり先を急ぐのも面白くない。まっすぐ目的地の只見には向かわず、会津田島から乗り込んだ会津鉄道会津線を途中下車。湯野上温泉の民宿で一泊することにした。
 宿についたのは午後3時過ぎ。日暮れまで少し時間があり、近くの「大内宿」という昔の宿場町が名所だというのでタクシーで往復した。私の旅の哲学からすれば、タクシーなんてもってのほかなのだが、既にバスの便がないからといってあきらめるのでは悲しい。そろそろ、貧乏に徹した一人放浪旅は卒業していい、と自分に言い聞かせた。
 大内宿は湯野上温泉駅から約5kmほど。木曽路と中山街道沿いに40軒の茅葺き民家が並んでいる。
 昔は1000人単位の大名行列が泊まったという宿場町だ。国の重要伝統的建造物群保存地区になっている。現在、民家の多くは観光客向けのそば屋、甘味屋、土産物屋などを営んでいる。
 宿場町名物の「高遠そば」を食べる。私にとっては美味しいと感じられず、失礼だが半分ほど残してしまった。
 しかし、この宿場町はそれなりに情緒がある。茅葺きの屋根の間に伸びる、昔ながらの未舗装の道を歩くと、通り過ぎる風が気持ちよく私の心を和ませてくれた。
 会津には、山があり、川があり、人々の素朴な生活がある。それはどこか懐かしい。忘れかけた少年の頃の、東京郊外の素朴な田園風景のようでもあった。私は、ちょうど読みかけの大長編小説、島崎藤村の『夜明け前』を思い出していた。あの本の舞台は、明治維新前後の木曽谷にある馬籠宿(まごめしゅく)だ。場所は違えど同じ宿場町。目の前の風景と重ね合わせ、しばし物語の主人公・半蔵に思いを寄せた。
 
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会津西街道、大内宿の家並み。山中にこれほどの規模の宿場があったとは
 
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大内宿名物の高遠そば。ネギを箸代わりにするのだとか

<10月24日 紅葉真っ盛りの只見へ>

 翌朝、湯野上温泉駅から会津田島駅に戻る。約30分の車窓は、会津鉄道沿いのダイナミックな紅葉の山々が迫ってくる展開。まだちょっと早い紅葉だったが、申し分ない景色だった。
 さて、いよいよ友人の待っている目的地へと向かう。目指す只見町は、正式には福島県南会津郡只見町、人口5000人。全国でも有数の豪雪地帯として知られ、冬は3~6mもの雪が積もるという。
 ところで、只見線は3年前の2011年7月の集中豪雨によってズタズタに分断されてしまった。なんと、橋梁が3つも崩れ落ちてしまったのだ。いまだ完全復旧ならず、会津川口駅~只見駅間は不通のまま。そんな、陸の孤島化している地域に、これから向かうのだ。
 会津田島の駅前から、タクシーで只見町へと出発する。ここから只見方面に向かう客は、私一人だった。只見まで約1時間30分、2000円。
 只見駅には、友人が車で迎えに来てくれていた。友人の古民家に着くまで紅葉真っ盛りの只見湖、田子倉湖の紅葉を見て回る。その後、近くのホテル内にある温泉に入り、休憩所で友人と久しぶりの囲碁を打つ。
 
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秋は紅葉、冬は豪雪の中を駆け抜ける只見線の車両

<10月25日 ピースボート仲間で宴会>

 翌日、数年前に只見の役場を退職した友人の古民家と、その周辺を散策した。
 居間には囲炉裏があり、台所には川の冷たい水が流れておりなんともいい風情だ。そのたたずまいといい、山々に囲まれた近隣の風景といい、申し分がない。静かで穏やかな秋の陽が差し込んでいた。
「両親が死んで、家族はみんな県外に出た。こんな雪ばかり降って何もないところに住むのは嫌だ、って。結局、60歳過ぎた独身の俺一人、こんな大きな家に年金暮らしで残ってしまった。冬には吹雪が1~2週間も続いて、外にも出られないんだ。凄い所だよ」。
 この日は3年前、大阪や横浜など各地から同じピースボートに乗り、世界一周した8人が集まった。宴会は和やかに囲炉裏を囲んで始まり、大いに飲んで食べて喋り、みんな気持ちよく酔っぱらって床についた。
 
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友人が住む古民家。明治時代に建てられたそうだ。素晴らしすぎる

<10月26日 絶景に温泉に囲碁三昧>

 宴会に参加したみんなは、私以外は一泊の予定で来ていて、早朝から帰路についた。私一人が、友人の古民家にもう一泊する事になった。
 友人は「今年は雨が続いたせいか赤色が少ない紅葉だ」とは言っていたが、古民家の前にそびえる標高500mの蒲生山の紅葉は、それは見事だった。しかも、部屋からも目の前にそれを望める。私は長いこと、飽きずに眺めていた。
 近くの小高い山に汗をかきかき、熊に出会わないかと恐れながら登ってもみた。紅葉の山の中腹から見下ろす、只見川にかかる鉄橋の眺めもなかなか。これは絶景だと思った。さらに、修復されず荒れるにまかせた駅のホームや線路沿いを、しばし歩き回った。
 古民家に戻って、友人と囲碁三昧。夕刻には車で40分ほど離れた温泉に行った。この温泉銭湯は「鶴の湯」といい、紅葉の只見川の渓流を露天風呂から眺めることが出来る。実にいい。観光客などおらず、地元民の隠れ湯。泉質も素晴らしい。いやはや今日一日に感謝。やって来て良かった。
 
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只見川と只見線の陸橋。現在線路は水害で分断され運行は中断されている。
これだけの絶景があるのに、もったいない

<10月27日 見事な紅葉と虹に息をのむ>

 翌日、この素晴らしい景色に包まれた古民家と友人と別れ、会津塩沢から只見線の代替バスで会津川口まで出る。会津川口駅から只見線に乗り、会津若松まで列車の旅を楽しんだ。
 一日三本しかない只見線は、只見川と寄り添うように大自然を走る。時の流れを忘れるくらいの紅葉の世界が次々と広がる。只見川の青、会津盆地に広がる秋の空気と雲、そこに紅葉の鮮やかな色の共演。
 途中、黄金色の稲穂がゆれる盆地に、大きく七色の見事な虹が広がる光景に出会った。これほど大きく、しかも端から端までくっきりと浮かぶ虹を見たのは、人生初の経験だった。
 15時頃、会津若松駅に到着。ちょうど紅葉シーズンと重なり、福島県が誇るこの町は観光客だらけだった。数十年前にも来たことがあるし、鶴ヶ城も白虎隊の墓も、古き建物が残る城下町も見るのをやめた。
 この日、思いきって会津若松の奥座敷、東山温泉の一泊二食1万5000円のホテルをとった。露天風呂からは会津若松の城下町が一望出来たが、やはり大賑わいの観光ホテルはどうも性に合わない。豪華なバイキング形式の夕食を肴にビールと焼酎を飲み、早々に部屋に引き上げる。「明日は、何処に行くかな……」と、一人頭を悩ませた。
 
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会津盆地に奇跡のような綺麗な虹が架かった。柿の木がたわわ、たわわだ

<10月28日 ランプの一軒宿>

 午前9時。私は会津若松発新潟行きの長距離バスに乗りこんだ。昨夜のうちに、新潟県のとある一軒宿の予約が取れたのだ。今日はそこへ向かう。
 新潟から小出まで出て、そこからバスに乗り、大湯温泉でバスを下車。駒ヶ岳を眺めながらテクテク歩く。本日の宿・駒の湯山荘までは片道4km、約1時間。一泊二食で1万2000円。送迎の車もあるが、歩くのもいい。
 佐梨川に沿うように足を進め、やがて紅葉に染まる渓流を眼下に望む宿に着いた。宿の建物は、絶壁の上にひっかかるように建っている。
 ここの湯はとてもぬるい。だから2時間くらい入っているのは普通で、肌はつるつるになる。郷愁をよぶランプの湯宿では、携帯電話もネットも使えない。だから前夜のように、明日の宿を探すことができなかった。
 20人ぐらいいた同宿の客は、ほとんどが岳人だった。夕食時、宿の主人が今夜の献立を丁寧に説明してくれる。基本は山菜と川魚料理。「昨日、駒ヶ岳の山頂に初雪が降ったんですよ」。駒ヶ岳の峻険な姿は、部屋の窓から目の前に迫っていた。
 もちろん婦人専用の湯船もあったが、この宿の温泉は混浴だった。明るいうちは女性の入浴客はいなかったが、夜になると女性が数人。湯気の向こう、暗いランプに映し出される姿がかすんで見えた。真下を流れる川のせせらぎが、強くなったり弱くなったり聞こえる。なんとも風情のある温泉だった。
 

<10月29日 さらなる秘境を目指すも……>

 翌日、帰りは宿の主人が大湯温泉のバス停まで車で送ってくれた。その昔は栄えたであろうが、今やほとんど人通りの消えた温泉街をしばし散策。
 私は、やっと携帯が通じる場所に来て、今夜泊まる旅館を探しあぐねていた。行き先の目標は新潟・群馬・長野の三県の境に位置する秋山郷。前から、機会があれば行きたいと思っていた秘境で、温泉もある。
 しかしこの日、秋山郷の宿はどこも満室だった。
 ここまで来て、地方都市のビジネスホテルに泊まる気分にはなれなかった。いや、紅葉真っ盛りの今、ビジネスホテルだってそう簡単に当日予約は取れないだろう。
「まあ、これだけ紅葉を満喫すれば充分だな」と思い、私は東京に向かう列車に乗った。「う~ん、来月には紅葉のメッカ京都に行こう。しかし京都こそ、バカ混みしているな……」と、頭を悩ませながら。
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