もう会えない人、いますか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。
ダンディーなおじさまの友人がいます。スラっとした長身に、白いスーツに蝶ネクタイ、白髪をうしろでちょっぴり結んで、ピアノやギターの弾き語りをします。名前はTさんといいます。
あるころから、Tさんは自分のツイッターで、「こらっ、Tくん、歯磨きはしたの?」とか、「こらっ、Tくん、スリッパをそろえなさい!」とつぶやくようになっていました。ちょうどライブをご一緒する機会に、「あれはなぜ自分で自分につっこんでいるんですか?」と聞いたところ、「奥さんが亡くなったので自分を叱ってくれる人がいなくなっちゃったの」とウインクでもしそうな勢いでとてもチャーミングに答えてくれました。
それを聞いて、大切な友人のHちゃんのことを思い出しました。思い出した、というか忘れていられる日はないので、思い出したというのは正確ではないのですが、とにかく思い出しました。
Hちゃんとふたりで飲みに行った帰り道、わたしたちはよく同じ道をぐるぐるまわって無駄に散歩をしました。できるだけふたりで長くいたかったからです。大きな橋の近くで、いつも工事をしているビルがあって、それを眺めるのが好きでした。
「このビルはいつまでも工事しているよね」「いつになったら終わるんだろうね」「もう終わらないんじゃない?」「なんとかファミリアじゃん」
Hちゃんがいなくなってから今日になるまでの間、あのビルはとっくに完成していて、今度、取り壊しになります。
「あの工事はいつ終わるんだろうね」なんて笑っていた夜には二度と戻れないのです。優しい思い出は、過ぎてしまうと思い出したくないくらい悲しくて、ますます大切なものになります。戻れないから大切になるなんて卑怯です。
ポーチの中には、Gさんがくれた黄色いパワーストーンが入っています。気が滅入っていたから行った、はちゃめちゃに明るい音楽イベントの帰り道にもらったものです。「それは太陽の石、自分よりつらそうな人がいたらあげてね。そういうのは人をまわっていくものだから。いつか自分のところに帰ってきたらおもしろいよね」
わたしで何代目の持ち主なんだろうと思い、嬉しくていつも持ち歩いていました。環境が変わり、少し生きやすくなったわたしは、その石を別の女の子にあげました。Gさんに、「バトンタッチしたよ」とメールをしたところ、届きません。Gさんはもういませんでした。いつか自分のところに帰ってきたらおもしろいよね、って言っていたよね、と責めたい気持ちを飲み込みます。
ところで、Tさん。相変わらずなツイートをしているので、それを見ているとなんだか気持ちが楽になります。わたしもそうやって、もう会えない誰かのことをずっと話し続けていよう。
そうしたらきっと、優しくなれるような気がするのです。
そうしたらきっと、優しくなれるような気がするのです。
そして、誰かの夢を見たら、次に来る季節にはその人の存在が見えるような気がします。「新潟にいたときは雪が嫌いだったけど、東京で雪が降ると嬉しいよね」と言っていたHちゃんの夢を見た次の冬、東京に雪が降ったら素敵じゃないですか。
Aico Narumiya
朗読詩人。「生きづらさ」や「メンタルヘルス」をテーマにした詩の朗読をしたり、文章を書いている。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。赤裸々な言動により、たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと心に決めている。趣味はアイドルとプロレス。