夏の日、道を歩く時、イヤホンがないと私は歩けない。
その理由はこうだ。蝉の鳴き声が怖くてたまらないから。
歩いている時に蝉の声がすると、尋常じゃないほどの汗が噴き出してくる。この木か? この電信柱か? このマンションの壁か? そう思いながら絶対に「奴」の姿を発見しないように道路に目線を落とし、ひたすら目的地に向かって早歩きする。そういう時にイヤホンがないと精神的におかしくなってしまいそうだ。イヤホンで蝉の声をかき消さないと、私は外を歩けない。イヤホンがないと、木を、電信柱を、外壁を通過する時に蝉の声がだんだん近づいてくる。それはとてつもない恐怖だ。ひょっとしたら「奴」は私をめがけて飛んでくるかもしれない。「奴」が私をめがけておしっこをかけてくるかもしれない。なんて奴なんだ、それに地面にも気をつけなくてはならない。「奴」は死んだと見せかけて、実は生きていることが多いからだ。死んでいると思い横切ろうとすると、断末魔をあげながら接近してくる。これがいわゆる蝉爆弾だ。
そして木を、電信柱を、外壁を通過し終えた後も気を緩めてはいけない。なぜなら背を向けた途端に羽ばたいてくるかもしれないからだ。蝉の羽音と鳴き声は、私にとってはこの世の終わりとも言えるような絶望感がある。
そして、なぜ「奴」の姿を発見してはいけないのか。「奴」の姿は私にとっては非常にグロテスクで、発見してしまった時、体中に鳥肌が浮き上がってくるのを感じる。あの透けた羽が、大きな目が、うわぁ書いてるだけで鳥肌、もうこれ以上は勘弁してほしい。とにかく私は蝉が大嫌いだ。
夏の外出には、路上もそうだがマンションのエントランス、自宅の玄関ドアにも細心の注意を払わなくてはいけない。それは、帰宅が夜遅くなった時に煌々とたかれているエントランスのライトに魅せられて、「奴」が侵入している可能性があるからだ。
私のマンションはオートロックなのだが、まずオートロックを解除するエントランスがガラス張りになっていて、オートロックが上手く解除できなければ数秒そのガラス張りの空間に閉じ込められてしまうことになる。その空間に稀に「奴」が紛れ込んでいることがあるのだ。その時、その空間は地獄と化す。本当に本当に最悪。私は泣きながらオートロックを解除し、自宅の玄関を目指す。自宅の玄関にも稀に潜んでいる時がある。まだ兵庫県の実家にいた頃、六甲山がほど近い場所にあったので自然溢れる町で、夜玄関ドアを開けると外灯に止まっていた蝉が家の中に侵入してくるという地獄を見たことが何度もある。私はその所為で田舎が苦手だ。昆虫が大嫌いだからだ。東京は都会だからきっと「奴」もいないだろうと思っていたら、そんなことはなかった。絶望だ。夏が来るたびに絶望する。
幼少時代、名古屋の両親の友人宅へ家族で遊びに行った時、私の兄とその家の男の子が、外で虫かご一杯に何十匹もの蝉を捕まえてきて、しかもその家の中でその蝉群をぶっ放したのだ。当然、家の中は騒然。私は泣きながらその家の外に出ると、マンションの階段には蝉の死骸が多数散らばっていた。その時の恐怖が夏が来るたびにフラッシュバックするのだ。
イケナイことだし、無理なことだとは重々承知なのだが、生態系が変わってもいいから日本政府は蝉を駆逐してほしいと願っている。絶対に叶えられない願いなのは分かっているが、そうでもしないと私は夏が来るたびに、夏の外出時に毎度震え上がるほどの恐怖を味わうことになる。今現在、本当に地獄。家の中まで蝉の声が聞こえてくる。神様、どうか葬り去ってください。たとえ彼らが2週間の命でも、ずっと土の中で完結できるような形に変えていただきたい。嗚呼、早く夏が終わらないかな。この世は一番好きな冬だけでいい。毎日クリスマスが来ればいい。